大船渡市の郷土芸能のさらなる発展と継承を目指して

前田鹿踊り

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起源伝承

                     

前田鹿踊りの始まりは貞享年中(1684~1687)、前田に加治屋(屋号)に市兵衛としう人がおり、この人が日頃市にあった金山盛んなりし頃、入谷村(宮城県)から来た善九郎という人より田茂山村の七右衛門とともに指南を受けたと言われています。
七右衛門を中心に長く踊っていましたが、当人死後は加治屋の市兵衛が継承し今野家が庭元となりました。

由来伝承

                     

前田鹿踊りは、鹿踊りの始祖とされる本吉郡の四郎兵衛の弟子・善九郎から指南を受けたとされています。
これによるならば、市内で最も早く鹿踊りを移入したものとなります。
仰山流を名乗る仰山流本吉派とされる由来書が残され、鹿踊りの芸態に因む故事と、鹿踊り移入・継承の経緯が記されていました。
明治の前半は盛んでしたが、その後衰微し明治末から大正にかけては赤崎村佐野地域・猪川村久名畑地域を指南するのみで、やがて絶えました。
その後も衰微し現在の前田鹿踊りは、昭和52年に復活(復興は、逆に佐野・久名畑からの指導がありました。)して今日に至っています。

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特徴

前田鹿踊りの特徴は九頭立てで女鹿が加わる。
配列は中立を中心に、右側三頭を右側踊り、左側三頭を左側踊りと称し、中立の後ろに女鹿、「しがり」と並ぶ。
女鹿はたいてい12〜13歳の子供がこの役を務め、踊りを間違えたり、失敗しても一向に差し支えなく、かえってユーモアを誘い人気の的になるものとされる。

踊りの種類は、
「礼 舞」
「家柄ぼめ」 =まず家の豪壮さを称える
「入り羽」
「鹿の子」
「三人狂い」
「案山子踊り」
「鉄砲踊り」
「墓踊り」等

団体名 前田郷土芸能保存部
芸能名 前田鹿踊り(まえだししおどり)
発足 昭和27年4月
指定日 昭和44年10月1日
代表者名 村上富也
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