大船渡市の郷土芸能のさらなる発展と継承を目指して

赤澤鎧剣舞

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由来伝承

寿永4年(1185)源平の戦いで平家が長門の壇ノ浦に一族郎党ことごとく討死した。
その後平家の亡霊が夜な夜な現れ悲憤の形相ものすごく暴れ回り源氏一族の安眠を妨げた。
その当時、高徳を以って知られた一人の高僧(弁慶ともいう)が笛と太鼓をお供に現れ、念仏を唱え済度し亡魂を鎮めたと伝えられ、この故事を演舞化した事に由来すると云われています。
古来より盆中に寺を廻り、さらに部落の新盆宅や旧佛宅に祖先供養として廻向を手向ける芸能が「ケンバイ」であり赤澤鎧剣舞である。

赤澤鎧剣舞・起源伝承

大船渡町旧赤澤部落(現在の赤沢・上山・中央通りの三行行政区)に伝わる民俗芸能で江戸時代末期より踊られていましたが一時途絶え、明治に入り中興しました。
以前には衣装の両袖を脱いで踊るいわゆる「脱ぎ垂れ」の装束でしたが、百数十年前から鎧を着装し鎧剣舞の元祖として「赤澤鎧剣舞」と改め現在に至ります。
鎧を着衣し踊る様は気仙地方独特で、盛岡近郊の大念佛剣舞や北上和賀周辺の鬼剣舞とは少々趣を異にしており、戦乱後の亡霊済度の意義が特に強い芸能です。
大船渡市無形民俗文化財に指定されています。

特徴

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  1. 踊りの構成は道中踊りから始まり討ち込み(ブッコミ)・中踊り(念仏・和讃)・引端の三段から成り、ささらにより八百年もの昔、平家の武者達の亡魂が次々に浄佛退散していくところが見所です。
  2. 胴取りの着流し姿の優雅さと踊り手の男性的な所作のコントラストに特徴がある。
  3. 近傍同種の踊り手はすべて8人で踊るが、当鎧剣舞は10人踊りに特徴がある。
  4. 何処にもない太鼓背負い役がある。
  5. 近年まで踊り手に用いる太刀はすべて真剣であった。(銃刀法登録有り)

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団体名 赤澤芸能保存会
芸能名 赤澤鎧剣舞(あかさわよろいけんばい)
発足 明治14年
代表者名 平山 徹
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